トップページ > 書評とエッセイ > 01. 心の病になったとき、どこへ行けばいいのか(2003.4.12)

01. 心の病になったとき、どこへ行けばいいのか(2003.4.12)

精神科医とカウンセラー

カウンセリングという言葉から一般の人がイメージするのは、心の治療を専門とする者が患者と何度も話をする中で、神経症や精神病を治していく、というものであろう。そうした印象も広い意味では間違っていない。しかし、カウンセリングと聞けばフロイトを思い出し、どんなカウンセラーも患者の無意識を分析しているのだと、固定したイメージを持っている人も少なくない。あるいは精神科医とカウンセラーを混同し、カウンセラーと聞けば、どんな心理療法もこなせて、ときには薬を投与することもある、という思い違いをしている人もいるはずだ。では、そうした誤ったイメージはどうして生じているのだろうか?

まず、心の病を治してくれる機関は、心療内科、精神科、カウンセリング専門の機関(相談室など)の三つがある。自分の調子が悪い、悩んでいる、苦しい、精神病かもしれない、といった心の病を治そうと思った場合、どこへ行けばいいのか、一般にはほとんど知られていないのが現状である。いま、私なりに大きく分けてみるなら、主に心理的なストレスが原因で胃潰瘍や偏頭痛のような身体的症状が生じている場合、心療内科が適している。普通、心療内科を訪ねる人の多くは、身体的な不調が心理的な原因ではないかと考えている人か、一般の内科で身体的不調を訴えたところ、心療内科を勧められる、という場合が多いはずである。

身体症状よりも心理的な苦悩が中心的な問題である場合は、カウンセラーか精神科を訪ねるとよい。大きく分ければ、健常者の苦悩から、強い不安を中心とした症状、神経症、人格障害、などがカウンセリングの対象となる。精神病の治療では薬が必要になるので、カウンセリングの機関ではなく、精神科を訪ねたほうがよい。特にうつ病や精神分裂病(統合失調症)では、精神科医による治療が絶対に必要である。要するに、重い精神障害であればあるほど精神科のほうが適しているわけだが、実際にはカウンセリングと精神科医の治療は、病気の重さだけで線引きができるほど単純なものではない。それは、どのような治療方法を用いるのかによっても違ってくるのである。

心の病に対する治療方法は、薬物療法と心理療法の二つに分けることができる。薬物療法は薬で治す方法であり、神経症には抗不安剤、うつ病には抗うつ剤、分裂病には抗幻覚剤などを用いて、不安や鬱状態、幻覚などを弱めるのだ。精神障害に関する薬は、新しいものが次々に開発されており、いまや精神障害の治療に薬物療法は欠かせない。将来的には、抗不安剤や抗うつ剤も、より多くの人が日常的に使用するものになる可能性さえあるのだ。一方、心理療法には様々な種類があり、精神分析や行動療法、来談者中心療法などがメジャーな方法だと言える。これらの心理療法は、治療者とのコミュニケーションをとおして、心の病を治す方法なのである。

薬物を患者に処方できるのは精神科医だけなので、カウンセラーを訪ねても、薬物療法はしてもらえない。薬物を取り扱うには医師免許が必要なのだ。一方、カウンセラーが用いるのは心理療法のみであり、彼らは心理療法の専門家なのである。現在の日本では臨床心理士という資格があり、これはカウンセラーの最高資格みたいのものとして認知されている。しかし、カウンセリングは医療行為ではないので健康保険がきかないため、その費用はかなり高い。一回のカウンセリングでも5000円以上が相場なので、それを毎週のように支払うとすれば、かなりの金銭的負担になることは否めない。

では、精神科に行って薬でももらったほうが安上がりでいいではないか。重い病気も診てもらえるし、間違いも少ないに違いない。大体、カウンセリングなんて本当に治っているのかどうかも怪しいし、やっぱり医者のほうが信用できるではないか、と思ったかしれない。しかし、そうも言えないので困るのだ。現在の精神科医のほとんどは心理療法を使わないし、薬でしか治療しない。精神科医が精神分析をしているようなイメージがあると思うのだが、実際には簡単な面接はしても、本格的な心理療法をする精神科医はあまりいないのだ。


カウンセリングと心理療法

薬物療法は対処療法なので、症状をやわらげることはできても、根本的な解決にはならない。勿論、一時的な症状というだけなら、薬だけで完治することも多いし、そのほうが安上がりでもある。しかし、心理療法でなければ治らない心の病もたくさんあるのだ。特に最近増えている人格障害などは、薬では絶対に治らない。では、カウンセラーのところへ行けば、心理療法は何でもやってくれるのかと言えば、全然そんなことはない。心理療法にも様々な種類があり、心理療法を行うカウンセラーや精神科医も、自分の信用している心理療法、得意な心理療法を使っているだけであり、オールマイティな治療者など存在しないのである。

では、心理療法にはどのような違いがあるのかと言えば、その種類は何十種類にも及ぶため、簡単に分けることは難しい。ただ、代表的な心理療法に関して言えば、大きく四つに分けることができるだろう。その四つとは、認知行動的アプローチの心理療法(行動療法、認知療法、認知行動療法)、実存的アプローチの心理療法(クライエント中心療法、フォーカシング、ゲシュタルト療法)、システム論的アプローチの心理療法(家族療法)、そして心理力動的アプローチの心理療法(精神分析、ユング派)である。これらも、カウンセラー、精神科医によってある程度の棲み分けがある。

先ほど、精神科医はほとんど薬で対処すると述べたが、それでも心理療法を使う医者もいる。彼らの多くが最も信頼しているのは、行動療法や認知療法など、認知行動的アプローチの心理療法である。それは、この心理療法の理論が実証的な行動科学や認知科学など、自然科学的なモデルを中心としたものであるため、医学という自然科学にも馴染みやすい面があるからだ。実際、行動療法と認知療法が非常に高い効果を発揮することは、すでに多くの治療例からも実証されている。一般的には、心理療法を使う精神科医の多くは、薬を処方する他に行動療法や認知療法も実践する、と考えておけばいいだろう。

精神科医やカウンセラーというと、みんな精神分析をしているものだと思い込んでいる人も多いが、実際には、精神分析を実践する精神科医は減りつつある。それでも、精神分析は精神科医たちの間で発展させられてきた治療法であるため、カウンセラーよりは精神科医のほうに圧倒的に多い。ただ、一口に精神分析と言っても、自我心理学、対象関係論、自己心理学、クライン派、ラカン派など、様々な学派があるので、治療者がどの学派に属するのかによって、治療方法が異なってくるのである。一方、同じ心理力動的アプローチの心理療法でも、日本のカウンセラーには精神分析よりもユング派の心理療法を実践する者が多く、逆に精神科医にはユング派はあまりいない。

しかし、カウンセラーが最も実践している心理療法は、ロジャーズのクライエント中心療法であり、実存的アプローチの心理療法である。クライエント中心療法は、特殊な心理療法というより、カウンセラーの資質や態度を重視するものなので、クライエント中心療法=カウンセリングと言っても過言ではない。実際、日本のカウンセラーのほとんどは、ユング派や行動療法を実践している者でさえ、ロジャーズの強い影響を受けている。厳密には、クライエント中心療法の考え方と、ユング派の心理療、行動療法の考え方では、原理的にかなりの違いがある。だが、最近のカウンセラーは折衷派が多いので、あまり原理にこだわらず、複数の心理療法を使い分けているのである。

普通はカウンセリングと心理療法では区別されており、カウンセリングを受けていて、必要があれば心理療法という特殊な技法を導入する、と考えられている。しかし、カウンセリングという行為そのものに、すでにクライエント中心療法が織り込まれているので、カウンセリングはそのままクライエント中心療法の実践でもある。つまり、行動療法や精神分析、またはユング派の治療だけに固執しているカウンセラーでなければ、大体はロジャーズの考えを柔軟に取り入れている。クライエント中心療法的なカウンセリングをベースにしながら、必要があれば行動療法やユング派の技法などの心理療法を導入する、というカウンセラーが多いのである。


日本の心の治療はどうなっているのか

少し整理すると、何が問題になっているのかによって、精神科に行くべきか、カウンセリングの機関に行くべきか、あるいは心療内科に行くべきかが違ってくる、ということだ。例えば、何となく悩んでいるというような場合は、精神科や心療内科よりも、まずカウンセリング機関を訪ねたほうがいいかもしれない。それは、その問題が個人の病気とは言い切れない面があるからだ。特に、不登校や非行といった思春期性の問題であれば、家族療法が有効である。この場合は、家族の関係性に問題があるので、個人に焦点を当てた治療はしないのだ。また、明らかに神経症か人格障害であると診断されれば、ロジャーズ的なカウンセリングをベースにして、必要があれば他の心理療法を導入するだろう。

カウンセラーが精神病であると判断し、薬の投与か入院が必要だと考えれば、そのカウンセラーは精神科に行くことを勧めるはずである。ただし、自分の治療法を過信したカウンセラーや、薬の投与か他の心理療法が必要であることに気づかないカウンセラーもいるので、それなりの注意は必要であろう。最近は抗うつ剤や抗不安薬による治療も進んでいるので、抵抗がなければ、最初から精神科に行くという手もある。特に抑うつ状態がひどく、うつ病かもしれないと思えば、迷わず精神科に行って抗うつ剤をもらったほうがよい。特に自殺衝動の強い精神障害の場合、長期に渡る心理療法だけでは対処しきれないので、必ず精神科で薬を処方してもらうべきである。

しかし、薬だけでなく心理療法が必要な場合も多いので、一人の精神科医が全てを対処できるとは思わない方がいい。抗うつ剤で一時的に抑うつ状態が改善されるとしても、うつ病の原因がその人自身の固定した思考パターン、行動パターンである場合、それは心理療法でなければ根本的な解決にはならず、何度でも抑うつ状態になるだろう。神経症の場合にしても、抗不安剤で一時的に不安をやわらげても、不安になりやすいような思いこみやトラウマがあるかぎり、何度でも強い不安に襲われる。要するに、薬で思いこみや行動、性格は変えられない、ということである。ただ、薬にばかり過剰に頼っている精神科医も少なくないので、それなりの見極めが必要であろう。

以上のことから、日本における心理的な治療の現状が、少なからず見えてきたのではないだろうか。精神科に行くにしろ、心療内科に行くにしろ、カウンセリングを受けるにしろ、ある程度は知識があったほうが、いろんな意味で無駄がないであろう。そうでなければ、高額な治療費が無駄になったり、偏った治療でますます悪化する可能性がないとは言えない。また、精神科医やカウンセラーは、自分にとって専門でない治療が必要な場合でも、必ずしも他の治療機関を紹介してくれるとは限らないし、なかには自分流を頑なに貫こうとする迷惑な治療者もいるのだ。いまの社会で精神医療とカウンセリングを有効に活用していくために何が必要なのか、私たちは今一度問い直すべきなのである。