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11. ウィニコット『遊ぶことと現実』

遊ぶことと現実

・ウィニコット『遊ぶことと現実』(岩崎学術出版)より作成

(2002.9.24)

1 移行対象と移行現象

〓 基本仮説

乳幼児は生後まもなく、握りこぶし、指、親指を使って口唇愛的興奮を満足させるが、それは生後2〓3ヶ月になって人形などの対象に夢中になっていくことと無関係ではない。赤ん坊が握りこぶしを口に入れる行動から玩具等への愛着に至るまでの間(中間領域)には、口唇愛的興奮と満足以外の何かがある。その中間領域は幻想(錯覚 illusion)の領域でもあり、対象を外的現実だと認識し、外的現実を内的現実と区別する上で非常に重要になるのだ。

乳幼児は指しゃぶりのような自体愛的活動にともなって、〓シーツや毛布を指と一緒に口に入れたり、〓たやすく手に入る布(おむつ、ハンカチ等)を握って吸ったり、〓毛糸をむしって集め、愛撫活動に使ったり、〓“mum-mum”という音、喃語、おならなどをともなって、口をもぐもぐさせたりする。ウィニコットはこのような現象を移行現象、その際に使用される対象(特に柔らかな対象)のことを、移行対象と呼んでおり、次のように述べている。

「この対象は重要性をもち続ける。両親はその対象の価値を知るようになり、旅行の時にも持って歩くようになる。母親はそれが汚れていても、臭くなってもそのままにしておく。というのは、それを洗ってしまうと、幼児の体験の連続性に中断が起り、その対象が幼児に対してもつ意味と価値を破壊してしまう中断を生じさせるからである。」(p.5)。

移行対象は就寝時や一人でいる時、気分が憂鬱な時にも絶対に必要である。そして、柔らかな対象から徐々に、テディ・ベア、人形、堅い玩具などが取り入れられるようになる。男の子のほうが堅い対象物を使うのがうまくなり、女の子のほうは人形で家族を作る傾向があるとはいえ、ウィニコットによれば、「移行対象と呼んでいる最初の“自分でない”所有物の使い方に男子と女子の間で際立った差がない」(p.6)。また、移行対象につけられる名前には、大人が使った単語が部分的に混入しており、“baa”という名前の場合、“baby”“bear”に由来している可能性が高い。

〓幼児は移行対象についての権利を専有する。〓移行対象は激しく愛されたり、もぎとられたりするが、やさしく抱きしめられたりもする。〓移行対象は幼児が変えようとしないかぎり変えてはならない。〓移行対象は本能的な愛や憎しみから生き残らねばならない。〓移行対象は暖かさを与え、感動させ、感触を持っているように見えなければならない。〓幼児にとって、移行対象は外的な対象ではないが、幻覚でもない。〓移行対象は、徐々に心的エネルギーの備給が撤去される運命にある。

健全な発達において、移行対象は“内側に入る”(幻覚として認識される)こともないし、その感情が抑圧される必要もない。忘れ去られることも、悲しがられることもなく、それは意味を失っていくことになる。移行対象は拡散していって、“内的心的現実”と外的世界の間の中間領域全体に広がってしまうのである。

一枚の毛布が乳房の象徴であることは確かだが、その毛布の特質は象徴的価値よりも実在性にある。毛布が現実に乳房でないことは、毛布が乳房を意味していることと同じくらい重要なのだ。幼児は象徴を使うときでも、空想と事実、内的対象と外的対象を明確に区別しており、その違いと共通性を受け入れていく過程において、移行対象(毛布など)が重要になるのである。

[臨床例1]Xは母乳を長期間(7ヶ月)与えられ、離乳も困難であった。彼は指を吸わなかったので、離乳させた時に頼るものが何もなく、哺乳瓶もおしゃぶりも受けつけなかった。彼は実際の人間としての母親に対し、非常に強い愛着を持っていたのである。生後12ヶ月頃、ウサギのぬいぐるみを手放さなくなり、その関係は5〓6歳まで続いた。このウサギは“元気づけるもの”ではあったが、移行対象の実質を持ってはいなかった。真の移行対象なら、幼児と不可分な幼児の一部であり、母親より重要であるはずなのだ。

[臨床例2]Xの弟Yは、4ヶ月間の母乳で育ち、生後数週間で指を吸っていたこともあって、離乳も容易であった。生後5〓6ヶ月頃、毛布の端から毛糸が出ていると喜び、この毛布は“Baa”となった。1歳頃、“Baa”は毛布の端から、赤いひも飾りのついたジャージーセーターに取り替えられ、彼は“Baa”を渡すと安心し、すぐに寝ついた。それは“元気づけるもの”ではなく、“落ち着かせるもの”であり、これが典型的な移行対象なのである。

[臨床例3]オーガス(11歳9ヶ月)は紫色のウサギについて「あれはたんすの引出しからしょっちゅう落ちるんだ。いまでもボクのところへくるよ。ボクのところへくれば好きなんだ」と語った。十分な現実感覚を持った少年が、移行対象について話すときには、まるで現実感覚を失っているかのように喋るのである。

従来の精神分析理論による考察: 〓移行対象は乳房、または最初に関係する対象を表している。〓移行対象は現実検討の確立に先行する。〓移行対象との関係において、幼児は全能的統制から操作による統制へと進む。〓移行対象はフェティシズム的対象へと発展し、成人の性生活の特徴として存続することもある。〓移行対象は排泄物を表している場合もある。

移行対象は、クラインの言う内的対象ではないが、全くの外的対象でもない。移行対象は内的対象のように魔術的統制下に置かれているわけでも、現実の母親のように外界の統制下に入っているわけでもないのだ。移行対象が用いられるのは、内的対象が生き生きとして現実性を持つ場合だと言える。外的対象の機能が不十分であれば、内的対象は死の状態に陥るか、迫害的な性質を帯びてしまい、移行対象もまた無意味になってしまうのである。

幼児が快楽原則から現実原則へ進むためには、ほぼよいといえる母親が必要である。ほぼよいといえる母親とは、「初めは幼児の欲求にほぼ完全に適応し、その後時間の経過に伴い、母親の不在に対処する幼児の能力が次第に増大するのに応じて、徐々に適応の完全さを減らしていく母親のことである」(p.14)。つまり、最初は幼児の欲求をできるだけ満たすように対応し、次第に(時々は近くにいなくなることで)幼児の欲求不満を残すような母親である。母親の不在は欲求不満を生じさせるのだが、時間感覚を増大させ、精神的活動性、自体愛満足、記憶の想起、空想などを可能にする。欲求への適応を不完全にすることが母親を現実的なものにするのであり、いつでも完全に欲求を満たすような対象は幻覚も同然なのである。

母親は乳房を与え、強力な授乳衝動を向けていき、最初は幼児の欲求にほぼ100%適応することで、母親の乳房は幼児の一部だという幻想を与えることになる。幼児は自分の創造能力に対応する外的現実があるという幻想を抱き、母親の供給するものと幼児の幻想が重なり合う(p.16:図1)。しかし、完全な欲求への適応は次第に減らし、この幻想を幻滅させることが必要になる。これこそが離乳ということであり、幻想の幻滅は離乳の必要条件なのである。

幻想〓幻滅(錯覚〓脱錯覚)の過程によって、内的現実と外的現実が関係づけられ、現実は受容されていくのだが、現実受容の作業が終わることはない。この重荷を軽減してくれるのが、幻想と現実の中間領域であり、移行対象である(p.16:図2)。客観的知覚には非常な努力が必要なので、親は幼児が移行対象に夢中になることを許さなければならない。通常、移行対象への関心は文化的関心が発達するにしたがって消失するものである。

「移行対象は私たちと幼児の間の同意事項である。だから、私たちは決して、次のような質問はしない。『それはおまえが想像したものなの、それとも、外部からおまえに差し出されたものなの。』ここで重要なことは、移行対象が幼児の内部に属するのか、外部に属するのかの決定を期待してはいけないということである。このような質問自体考え出されるべきではない。」(p.17)。

〓 理論の応用

幼児は母親がいなくなっても、母親の記憶やイメージ、生き生きした内的表象があるうちは問題ない。しかし、長時間離れていれば、母親の記憶や内的表象は希薄化し、移行現象は徐々に意味を失って体験できなくなる。移行対象が意味を失っていく怖れを否認するために、過剰に移行対象を使用する場合があるので、その例を次に示そう。

紐(症例): 
性格障害を思わせる一連の症状のある7歳の少年。母親は抑うつ的でうつ病による入院歴がある。少年が3歳3ヶ月の時に妹が生まれて1回目の分離を経験し、3歳11ヶ月の時に母親が手術を受けるために2回目の分離を経験。4歳9ヶ月の時に母親が2ヶ月精神病院に入院し、叔母が少年の世話をするようになるが、この頃から少年に変化が現れ、多くの症状が前面化する。叔母を切ってバラバラにしたいと言い、物や人をなめる強迫行為、強迫的に喉を鳴らし、排便を拒否して失禁を繰り返す。

ウィニコットは少年とスクィグル・ゲームを始めた。それは、治療者が思いつくままに線画を描き、面接している子どもにその絵を何かあるものに書き換えるように促し、子どもが走り書きを描いたら、治療者がまた書き換える、というゲームである。その結果、少年は大部分を紐に書き換えた(鞭whip、鞭crop、ヨーヨーの紐a yo-yo string、結んである紐a string in a knot、鞭another crop、鞭another whip)。母親の話では、少年は物を紐で結ぶことに夢中になっていて、部屋の椅子や机も縛っているらしい。最近では妹の首に紐を結ぶようになったという。

ウィニコットは「彼は紐を使って分離を否認する試みをし、分離の恐怖を処理しているのだ」と母親に述べ、なるほどと思えるようになったら、そのことを少年に話し、分離というテーマを話し合っていかれたらどうか、と述べた。母親はある日、少年にその話をしたら、彼は母親との接触が欠けることへの恐怖について話し、その日以来、紐遊びは止まってしまったという。紐はバラバラな材料を結びつける、コミュニケーションの延長と見なすことができるので、紐の過剰な使用はコミュニケーションの欠乏、分離の否認を表していたのである。

〓 臨床素材:ファンタスfantasの種々の様相

分裂性格的な女性患者のあるセッション。この分析素材の多くは、両親が身近にいない時に子どもが経験しなければならない欠乏と関連している。この患者は、11歳の時戦争のために疎開し、その間世話をしてくれた人たちのことを「どのような呼び方もしないで」すませた。それは父や母のことを思い出すことを拒否していたのである。彼女には部分的な記憶喪失が見られ、その忘れられた間隙のほうが現実的だと感じていた。また、現在の分析医よりも以前の分析医のほうが現実的だと述べている。彼女にとっては、そこにないものこそ現実的なのである。多分、彼女は移行対象の現実性を疑わなければならず、不在の母親を代行する移行対象よりも、母親が不在であることのほうが現実的であった。そのため、その後も空想に襲われることが多くなったのである。

2 夢を見ること、空想をすること、生活をすること
    一次的解離Primary Dissociationを示す病歴

夢を見ることと空想をすることの間には本質的な違いがある。夢を見ることは生活をすることと同じ種類に属しているが、空想をすること、白昼夢を見ることは別の種類に属している。夢や生活に伴う多くの感情は抑圧されがちだが、空想は抑圧repressionではなく、解離dissociationと関係がある。本章では、「空想をすることfantasying」を考察するために、空想をすることと夢を見ることの比較が適切であったある症例について考える。

その患者は中年の女性で、空想をすること、白昼夢を見ることが彼女の生活全体を障害している。精神分析の治療によって、彼女は空想の重要性に気づき始めると、空想は夢と現実の双方に関連する想像imaginationへと変化し始めるのである。

まず彼女の場合、母親による完全な満足から幻滅への早すぎる変化があり、この母親の失敗を父親も十分に修正することができなかった。また、彼女は末っ子であったため、上の子ども達が自分でゲームを組織化して楽しんでいたのに対し、彼女はすでに組織化された世界に置かれ、そのゲームに盲従するしかなかった。そのため、彼女は他の子ども達がゲームで遊んでいる間、いつも空想にふけることで、自らを防衛するようになった。他の子ども達と遊んでいる自分を、まるで誰か他の者を見るように見なければならなくなったのである(解離)。その後、彼女は学校や仕事に行きながらも、空想の中で生きることが多くなり、解離された部分では別の人生を続けていた。彼女は自分の人格のいくつかの部分を統合しようと試みてはいるが、それはいつも失敗したのである。

2つの夢:
〓彼女が間抜けな男と結婚し、娘もいる夢。〓母親が彼女から娘を取り上げたため、母親に強い憤りを感じている夢。この夢についてのセッション中、母親への憎悪が強くなるのを感じていた。そして、間抜けな男は彼女の父親であり、母親から隠すために間抜けな男として表されていたのだと考え始める。次第に白昼夢を見ることと夢を見ることの違いが明確になり、それを分析家に語れるようになるのだ。

この2つの夢は、空想の中に封じ込められていた素材が、夢を見ることに解放されたのだと言える。創造的に遊ぶことは夢を見ることと生活をすることに関係し、空想することには属していない。空想をすることは現実的な世界の行動や生活の邪魔になり、人格に障害を与えることになる。彼女の空想には何の意味もないのだが、夢には彼女に関する幾重にも積み重ねられた意味が含まれているのだ。

夢のキーワードは“無定形”であった。彼女の子ども時代は、彼女に無定形であることを許さなかったばかりか、他人の型に合わせることを強いるものであった。無定形から始めるべきだということを理解してくれる者が、子ども時代には一人もいなかったのだ。そのことに彼女は腹を立てたが、分析医への信頼によって、無定形から何物かが作り得るのだと感じられるようになった。しかし、次のセッションで、彼女は分析医を喜ばせようと、必要以上に夢やその他の素材を報告しようとした。そこでウィニコットは、彼女が分析医の型に合わせてしまわないように、“無定形”という言葉を思い出させた。無定形は選択の自由に伴う不安をもたらしたのだが、次第に統制されるようになった。

3 遊ぶこと  理論的陳述

「精神療法は2つの遊ぶことの領域、つまり、患者の領域と治療者の領域が重なり合うことで成立する。精神療法は一緒に遊んでいる2人に関係するものである。以上のことの当然の帰結として、遊ぶことが起り得ない場合に、治療者のなすべき作業は、患者を遊べない状態から遊べる状態へ導くように努力することである。」(p.53)。

精神分析においては、遊ぶことの問題はマスターベーションに関連づけられることが多かった。遊びを目撃すると、その時の身体的興奮はどんなものか、と考えがちになるのも確かだが、もし身体的興奮が顕著になるなら、遊ぶことは中断されてしまうだろう。子どもが遊んでいる時、マスターベーション的要素は本来的に欠けているのであり、遊びはそれ自体を主題として研究される必要があるのだ。

移行現象というテーマを追求していた頃から、ウィニコットにとって、遊ぶことの意味は新しい色合いを帯びてきた。遊ぶことは内側にあるのでも、外側にあるのでもない。外的な世界を統制するためには、単に考えたり欲したりするのではなく、行うことが必要であり、遊ぶことは行うことである。そして、赤ん坊と母親の間にある潜在空間potential spaceは、内的世界と外的現実の中間領域として、遊ぶことの場を形成している。分析において遊ぶことは、その使用法や象徴的意味ばかりが問題なのではなく、遊ぶことそのものが必要なのである。

「遊びこそが普遍的であり、健康に属するものである。すなわち、遊ぶことは成長を促進し、健康を増進する。また、遊ぶことは集団関係を導く。また、遊ぶことは精神療法のコミュニケーションの一形態になりうる。そして、最後に、精神分析は、自己と他者とのコミュニケーションのために、遊ぶことを高度に特殊化させた形態として発展してきたのである。」(p.58)。

(症例)エドモンド、2歳6ヶ月:
母親によれば、エドモンドはどもるのを怖がってしゃべらなくなったという。彼は最もしゃべらない時に母親にベタベタし、胸に触れたがり、膝に乗りたがる。また、彼はコップが使えるほど成長するまで、乳房以外は受けつけず、哺乳瓶も使わなかったし、どんな代理物も拒否した。ウィニコットと母親が相談している間、彼は玩具で遊び続けていた。電車の車両を長く連結させた後、母親の膝の上に乗り、少しの間赤ん坊として過ごした後、再び遊び始めた。その後、彼は紐に夢中になり、紐の端を母親の大腿部に「プラグをさしこむ」ような身振りをした。この紐は分離と結合の象徴であり、彼は「どんな代理物も拒否した」のに、その紐を母親との結合の象徴として使い始めたのだ。

(症例)ダイアナ、5歳:
母親と相談している間、ウィニコットはダイアナにも注意を払っていた。最初に彼女が小さなテディを差し出したので、ウィニコットは「名前はなんていうの」と言うと、少女は「テディよ」と言い、すぐに強力な関係が成立した。その後、少女は母親の話を聞いているウィニコットのポケットにテディを入れたりして遊んでいた。ウィニコットはテディに耳をつけて、「何か言っているのが聞こえるよ」と言い、遊んでくれる相手をほしがっている、向こうに子羊もいるよ、と言うと、少女は子羊を持ってきた。彼女はテディと子羊を自分の服の下に入れ、次々に産んでみせた後、即席のベッドに寝かしつけた。ベッドの上に玩具を並べていたので、ウィニコットは「おや、赤ちゃんたちが眠っている間に見ている夢を、枕元の床に置いているんだね」と言った。彼女はその考えに夢中になり、その夢を種々のテーマに発展させた。途中、母親が動揺して泣き始めた時、少女は一瞬不安そうに見上げたが、「お母さんは病気の弟のことを考えて泣いているんだよ」とウィニコットが言うと、安心したようであった。

ダイアナは特別な援助が必要だったわけではなく、むしろ母親のほうが不安が強かったために、彼女を連れてくる必要があったのだ。彼女の遊びはエドモンドと同様、自己を癒すものであった。普通、精神療法医はダイアナと積極的に遊ぶことを控えるだろうし、治療者がその遊びを解釈でさえぎることもあるだろう。しかし、それはダイアナの遊びの創造的な面を無視してしまうことになるのだ。

遊びの理論

赤ん坊は対象を主観的に見ているのだが、やがて対象は拒絶され、再び受け入れられ、そして客観的に知覚される。この複雑な過程の成否は、母親が赤ん坊に拒絶(破壊)されても、再び見出されるような存在であるかどうかにかかっている。母親がこの役割を果たせれば、母親への確信が中間の遊び場を作り、赤ん坊は魔術的統制という体験(全能感)を持つことになる。そして、全能感と実在する対象への統制力に基づく種々の体験を享受する。そこには、心的現実と実在する対象とを統制する上での不確かさがあるが、それは親密さの中で起こる不確かさなのである。

次に子どもは愛している者、信頼している者が身近にいるか、忘れても再び思い出した時には、身近にい続けてくれるのだという仮定のもとに遊ぶ。身近にいる者が、遊ぶことの中で起こることを照らし返しreflect backてくれる、と感じるのだ。そして、2つの遊びの領域が重なり合うことを容認し、享受する段階への準備を進める。母親は、最初は赤ん坊の遊びに調和しようとするのだが、まもなく自分の遊びを導入する。こうして、関係性の中で一緒に遊ぶことができるようになるのだ。

例証のための症例: 生後6ヶ月目、伝染性胃腸炎で来院した女の子
伝染性胃腸炎の後、彼女は授乳後に吐いて母乳を受けつけなくなり、離乳食を与えて2〓3週間後に離乳。9ヶ月目以降、発作が頻発するようになり、次第に神経過敏になった。1歳になっても、日に4〓5回の発作があり、失神することも多かった。ある診察時、その子を膝の上にのせて観察していると、彼女はウィニコットの指を咬んだ。その後の診察においても、膝の上にのせる度に指を咬み、舌圧子を投げるようになる。つまり、彼女は膝の上にいる間は遊びを楽しめるようになったのである。そしてある日、自分の足の先をいじり始め、舌圧子は投げ捨てたりできるのに、足の先は引き離すことができないことを発見したらしい。それ以後、彼女は全く症状がなくなった。

「遊ぶことは1つの体験、しかも常に創造的体験なのであり、そして、生きることの基本的形式である時間〓空間の連続体における体験である」(p.70)。遊ぶことはそれ自体が治療であり、子どもを遊べるように調整してやること自体が精神療法ということになる。つまり、解釈は必ずしも必要ではなく、患者と分析医の遊ぶことが重なり合う領域の外から解釈を与えれば、抵抗が起こったり、教化に繋がる危険性がある。解釈が治療を前進させるのは、遊ぶことができる場合だけなのだ。「この遊ぶことは自発的でなければならないし、決して盲従的であったり、追従的であってはならない。」(p.71)。

要約:a)子どもが遊びに夢中になるのは、成人の集中に似た、引きこもりに近い状態である。b)遊ぶことの領域は心的現実でも外的世界でもない。c)子どもは外的世界から対象や現象を集め、内的現実に由来するサンプルのために使う。d)例えば選ばれた外的現象に夢の意味を与える。e)移行現象から遊ぶことへ、遊ぶことから他者と共有する遊ぶことへ、そこから文化的体験へと進展する。f)遊ぶことは母親との間にある潜在空間に属しているので、そこには母親への信頼が含まれている。g)遊ぶことは身体を巻き込んでいる。h)快感領域における身体興奮は遊ぶことをおびやかす。i)遊ぶことは本質的な満足を与える。j)遊ぶことの快楽は、本能の喚起が極端でないという意味を含む。k)遊ぶことは感動的で不確かなものである。その不確かさは、主観的なものと客観的なものの相互作用に伴う不確かさに由来する。

4 遊ぶこと  創造活動と自己の探求

「精神療法とは2つの遊びの領域を、患者の領域と治療者の領域とを、重ね合わせることである。もし、治療者が遊べないとしたら、その人は精神療法に適していないのである。そして、もし患者が遊べないならば、患者を遊べるようにする何かがまず必要であり、その後に精神療法が始められるのである。遊ぶことがなぜ必須なのかという理由は、遊ぶことにおいてこそ患者が創造的になっていくからである。」(p.75)。

自己の探求
個人は遊ぶことにおいて創造的になり、創造的である場合にのみ自己を発見する。自己を探求している患者を助けるためには、創造的であるような体験が必要なのである。その際、患者の自由連想の全てに意味や目的を見出すのではなく、無意味な観念は無意味なものとして受け止めなければならない。患者は不安への防衛から無意味な観念を出してくることがあるからだ。そうした緊張緩和の中で、信頼される治療者はある一定の照らし返しreflecting backによって、患者の自己感覚、私は存在する、生きている、という感覚をもたらすことに成功する。

ウィニコットはある女性患者の症例を記述しているが、それは彼が患者の言動を照らし返すことで、患者自身が自己を探求し続ける作業を促すものである。彼は「自分自身に語るにしても、自分以外の誰かによって照らし返されながら自分自身に語り続けるのでなければ、照らし返すことにはならない」(p.88)と述べている。この患者は、最初は自分一人でいる時の態度をとり続けていたが、次第にウィニコットが共にいることを意識し、彼の反応(照らし返し)によって自分を理解し始めたのだ。遊ぶことから、照らし返しによって人格の部分が組織化され、それが総和されて個人が作られる。したがって、治療は遊ぶことの内実である、無定形な体験と創造活動の機会を与えることなのである。

6 対象の使用と同一視を通して関係すること

分析医は自分の解釈を正しいと過信し、先走って解釈を与えてはならない。それは患者の創造性を破壊し、治療の進展を妨げることになるだろう。解釈は分析医の理解の限界を知ってもらうことでもあり、解答を知っているのはむしろ患者自身である。分析医は、患者が自分で知っていることを、受け入れられるように、気づくことができるように援助するのだ。分析医の解釈が効力を持つためには、分析医を主観的現象の外部に位置づけることのできる能力、「分析医を使用する能力」(対象の使用)が必要なのである。

「私はいままで私個人の解釈したい欲求によって、ある疾病分類カテゴリーに属する患者の変化をどれほど妨害させたり、遅延させたりしてきたかを考えると、ぞっとしてしまう。私たちが待てる時にのみ、患者は創造的な、限りない喜びを伴った理解に到達するのである。」(p.122)。

「対象と関係すること」と「対象を使用すること」には、大きな違いがある。対象と関係することは主体の現象であり、それは投影である場合も含んでいる。だが、対象を使用するためには、それは投影ではなく現実的でなければならない。分析医は投影としてではなく、現実的な対象でなければ、患者が分析医を使用することはできないのである。そして、対象を使用するためには、主体は対象を使用する能力を発達させなければならない。しかし、対象と関係することから対象を使用できるまでには、対象が主体の全能的統制の外に位置づけられる必要がある。対象を投影的存在物としてではなく、そのもの自体として認識し、外的対象として知覚する必要があるのだ。

ウィニコットは、「“主体が対象と関係する”その後に(対象が外的になるに従い)“主体は対象を破壊する”そして“対象は主体による破壊から生き残る”」(p.126)と述べている。つまり、赤ん坊が最初に対象と関係する場合、それは外的対象としては認識されていないのだが、それが外的対象、現実的対象だと認識され始めるにしたがって、赤ん坊は対象を破壊しようとする。しかし、いかに空想の中で対象を破壊しても、実際に対象が破壊されるわけではないので、対象は存在し続ける。破壊の後も対象が存在しているからこそ、それは真に現実的な対象となり、主体は生き残った対象を使用することができるようになる。

「母親の仕事のうち重要な部分を占めるのは、赤ん坊がその後遭遇することになる多くのこと、つまり、赤ん坊が何回攻撃attackしてもそのつど対象が生き残ること、の最初の形を通して赤ん坊に反応してやる、最初の人間になることである。」(p.130)。こうして、母親は現実的な対象として認識され、外的な現実世界が認識されることになる。破壊が現実を作り、対象を自己の外部に位置づける役割を果たすのである。

「もし、この最大限に破壊的である(対象が保護されない)という体験がなければ、主体は分析医を決して外界に位置づけられないし、したがって、分析医を自己の部分の投影物として使用する、自己分析のようなものはなおさらできないのである。」(p.129)。

解釈は患者の攻撃が終わるまで待ち、その後で話し合うべきである。解釈は攻撃を回避する自己防衛のように見えることもあり、治療関係を壊しかねない危険性がある。最初に必要なのは、患者の攻撃に対して分析医が生き残ることであり、その間は分析技法には手をつけないほうがよい。患者の攻撃に耐えた後は、愛という報酬が得られることになり、患者との絆は強くなる。

要約: 1)主体が対象(主観的対象)と関係する。2)対象は主体によって世界に配置されるかわりに、見出されていく。3)主体は対象を破壊する。4)対象は破壊から生き残る。5)主体は対象を使用することができる。対象は常に破壊され続け、この破壊は実在対象の無意識的背景となり、対象を心的投影によって作られた対象領域の外に位置づける。こうして、共有現実の世界が創り出されるのである。

9 小児発達における母親と家族の鏡としての役割

ラカンの「鏡像段階」は母親の顔という面から鏡の使用について述べていないのだが、鏡の先駆は母親の顔である。このことの正常の側面と病理について述べてみたいと思う。

赤ん坊は抱っこされ、あやされ、対象を差し出される、という環境を与えられるため、正常な全能感を体験しつつ、対象を使用することができるようになり、その対象があたかも主観的対象であり、赤ん坊の創り出したものであるかのように感じるようになる。次に赤ん坊は、周囲にまなざしを向けるようになる。特に母親の胸に抱かれている赤ん坊は、母親の胸にまなざしを向けるのではなく、母親の顔にまなざしを向けるものだ。では、赤ん坊は母親の顔にまなざしを向けている時、そこに何を見ているのであろうか?

「赤ん坊が見ているのは、通常自分自身であると思う。別のいい方をすれば、母親が赤ん坊にまなざしを向けている時、母親の様子 what she looks like は、母親がそこに見るもの what she sees there と関係がある。」(p.157)。

赤ん坊は母親の顔を見つめながら、母親が見つめているもの、つまり自分自身を見ている。赤ん坊にとって母親の顔は、鏡を見る以前にすでに自己を映し出しているのである。もし母親が強固な防衛的態度で赤ん坊に接するなら、あるいは反応の乏しい母親、顔の表情に乏しい母親であるなら、赤ん坊は母親の顔に自分自身を見ることはなく、母親の顔が鏡の役割を果たすことはできない。母親の顔つきから母親の機嫌を予知し、母親の表情に合わせて自分の欲求を抑制する赤ん坊もいるのだが、この予知があるレベルを超えると病的な方向へ進んでしまい、引きこもり、母親にまなざしを向けなくなる。

「もし母親の顔が反応に乏しいものであると、鏡はまなざしを向けられる look at ものであっても、のぞきこまれる look into ものでなくなってしまう」(p.159)。

例証〓: 慢性的抑うつ状態の主婦で、彼女は鏡となってくれる対象に気づいてもらい、是認してもらう必要があった。もし彼女に娘がいたなら、娘が鏡となって救われたかもしれない。ただ、その場合は娘のほうが母親の不安定さに苦しむことになったであろう。

例証〓: ある人目をひく容姿をしていた女性患者は、「見られる」ということが治療上の鍵になった。彼女は幼少期に「見られる」ことに関して惨めな体験をしていたため、自分が注目されたり、まなざしが向けられているとは気づかないことが多かったのだ。

例証〓: 幼児的依存への深い退行を示していた女性患者。彼女の母親はうつ病で、子どもの気持ちを乳母に奪われたくないために抑うつ的な乳母を雇っていた。そのため、彼女は顔への関心がなくなり、鏡を使って自己点検を行う青年期がなかったのだ。そのため、分析家は母親に置き換わる必要があった。

「精神療法は、頭をよくすることでもないし、適切な解釈を与えることでもない。およそ、精神療法とは、患者がもってくるものを長期間患者に与え返していくことである。また、精神療法は、そこに見られるはずのものを反映する、顔の複雑な派生物だともいえる。私は自分の作業をこのように考えたい。そして、もし私がこのことをほぼうまくやれれば、患者は自分自身の自己を見い出し、存在することができ、現実感をもてるようになるだろうとも考えたい。」(p.165)。

ウィニコットが主張しているのは、分析家は患者の鏡となることによって、患者自身が自己を意識し、自己を理解できるようにする必要がある、ということである。それは、鏡になれなかった親の代わりをすることでもある。子どもは母親の顔だけでなく、父親や兄弟の顔、態度の中に自己を見出し、さらには鏡の中に自己を見出し、次第にそのことへの依存を減らしていくことになる。その際、実際の鏡は比喩的な意味で重要なのである。